小布施の映画の歴史



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北信濃・映画よもやま話

娯楽といえば映画、文化といえば映画、そんな一時代があった。
昭和三十年代がその全盛期だった。昭和初年の世界的大不況からの活路を、近隣アジアヘの軍事的侵略に求めた日本の政治は、昭和二十年八月、惨たんたる敗北の末に、国民生活は廃墟と食糧不足の中へ投げ出された。しかしそれは一面で、戦争遂行のため国民生活のすみずみまで統制し抑圧してきた国家権力の重石から、日本人の生活が解放されたことをも意味していた。
 しかし、今の世の多くの人々には想像もできないだろうが、文字通り自分の身ぐるみをはがしながら生きた、いわゆる竹の子生活のこの時代は、物の面では決定的に貧しかったにもかかわらず、心の中は意外に明るく希望に満ちたものだった。つまり死を強制されなくてもいい時代、平和がやってきたのだ。そこに希望を見たのだ。 
映画が復活した。物が無い。しかしそれは国民すべてほとんど平等に無いのだから気楽なものだった。こういう時代なればこそ、人々は心を夢で満たしたかったものだろうか?当時これに応えたものこそ映画だったのかもしれない。
 昭和三十年代、全国の映画館は七千六百館を超えた。わが北信濃においても長野に十六館、須坂四、中野二、飯山二、山の内一、小布施―館を数え、封切りから半年もおくれての上映とはいえ、こんな地方の田舎町小布施でさえも、最盛期三十一年からの三年間には、年間五万八千人の人々が映画館へと足を運んだのだった。

matsukita.jpg小布施町 松北劇場
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